1997JKCアジリティーセミナーから


■FCIアジリティー規定について
 FCIのアジリティー規定は四年ごとに改定され、1995年の改定では「ジャンプの高さを変えた」(身体保護のほか、体高の低い犬が不利にならず、犬が長く楽しめるようにさげた)、「キャバレッテイがなくなった」(犬にとって危険があったので取り除いた)、「ジャンプ障害について/二つの障害間を最低5メートルとした/コンビネーションジャンプは一直線に並んでいないこと、最低90度の角度をつけて並べる」などの改定がありました。

■犬は何歳からトレーニングしたら良いか
 犬が身体的にも、精神的にも成熟した段階からアジリティートレーニングに取りかかることが大切です。デンマークで早く始めすぎてしまった悪いがあります。ボーダーコリーが小犬のうちから練習を始めたのです。そのハンドラー(指導手)はエーフレーム(板壁)などを手作りし、9〜10カ月でトレーニングを始めたところ、人がいなくても犬が一人で障害で遊ぶようになりました。15カ月になりアジリティー競技会に出場したところ、ハンドラーがコントロールできない犬になっていました。この間にもオビディエンス(服従訓練)が続けられましたが、オビディエンスでは良いのですが、アジリティーではコントロールの効かない犬となってしまいました。犬が身体上は優秀でも精神的な発育過程を考慮しないでトレーニングを始めたために、(アジリティードッグの育成に)失敗した好例です。この犬の(アジリティードッグとして具合の悪い)問題行動を直すのに2年掛かりました。
 FCIの規定では15カ月たてば競技会に出場できることになっていますが、少し早すぎるのではないかと思っています。スタンダードクラスの犬では、もう少し時間が必要だと思います。15カ月でアジリティー競技会に出場するということは、十二カ月前から練習を開始するということになりますから、個人的な見解として早すぎると思います。


Q:一年前に練習を始めるとどんな障害があるのでしょうか?
「15、6ヶ月の速い犬がいたのですが、スラロームで背中を傷めた例があります。15ヶ月で競技に参加するということは、少なくともその3、4カ月前の犬の身体ができていない状態から練習を始めることになります。ですからシェパードなどが2歳になってから競技に出場してくるというのは良いことかもしれません。精神的にはまだ成熟していませんから、本格的なアジリティー競技ではスピードについていけないということもあります」

■準備訓練
 初歩の取り組みとして、基本的コントロール(この準備訓練は「フセ」「コイ」などができること)を重要視して欲しいと思います。ハンドラーがアジリティー競技の練習を始める前に、必ずこれらの準備訓練をいれてください。これがアジリティーの基本的コントロールになります。
(アジリティーでは)厳しいトレーニングではなく、犬がいつも楽しい気持ちでトレーニングに励むように考えます。訓練というものは楽しいものだと教えることが大切です。オビディエンスには様々なトレーニング方法があると思いますが、私のクラブでアジリティークラスを希望する人には、まず「フセ」「スワレ」「コイ」などができるか、ハンドラーのテストをしています。「呼ぶ」時は犬が地面の臭いを嗅いだりして、他に気をとられている時にやってみます。犬に指示した時すぐさま反応するように訓練できているか、「コントロール」「注意する」「行動を起こす」の基本の号令を犬がどの程度理解しているか、大切なことですからアジリティークラスに入る前に試しています。
 アテンション(注意する)コマンドは、コースの外で練習するようにします。犬の名前でも構いませんが、声の調子にも気をつけるようにしてください。


■フリースタイル(シーケンス/連続した障害による練習)のハンドリング
 ここでドイツ、スイスにも同様な練習方法がありますが、一例としてイギリスの練習方法を紹介します。初心者のハンドラーにとって、(そのまま)前に行け、右・左と指示をだすコマンド(声符/号令)の習得は、少し難しいようです。犬にとって右・左とは、どちらなのか頭が混乱してくるし、犬がハンドラーの前を走っている間は良いが、犬が向かってくるような状態などでは、コマンドの判断が難しくなります。数年前デンマークでは「バック」(振り向いて進め)これらの問題を解決できました。『ディスウェイ/ハンドラーの右脚側方向から時計の逆回りに動け』『ヒール/ハンドラーの左脚側方向から時計回りに動け』『ゴー・オン/(真っ直ぐ)前へ』のコマンドを犬が障害を通過し、左右に曲がるときに使っています。『バック』はハンドラーから離れろという意味でも使っています。フリースタイルのハンドリングは、ボディランゲージが非常に大切ですし、スピードが増するほどフリースタイルのハンドリングが重要になってきます。フリースタイルを知ることはジャッジングでも、アジリティー指導をするためにも大切です。
 ゴー・オン(前へを教えるには)のコマンドの練習には三つの障害を使うと良いでしょう。これがアジリティーの基本トレーニングになります。図のような障害配置でハンドリングを左右サイドを変更して練習します。この時ボールを使うと効果が上がります。ボールに興味がない犬の場合はフイルムケースにフードを入れて活用しても良いし、いろいろ工夫してみてください。ボールは犬の頭上を超え、その少し先に落ちるように投げて与えます。効果的な練習方法として、図の三番目の障害通過から始め、次は二番目と戻ってくるように練習すると良いでしょう。左サイドから練習したら、次には必ず右サイドも練習します。確実にできるようになってきたら、ボールを投げる回数は五回のうち三回などと順次減らしていきます。これがフリースタルの基本概念です。

■ハンドシグナル(視符)
 号令(声符)と同じように手の合図も大切で、ハンドシグナルは犬のいる側の手で指示します。昨年のスイスの世界選手権で、日本のハンドラーの大半が右ハンドリングをしていました。利き腕の方でのハンドリングだけでは、ハンドラーの立つ場所によっては犬に殆ど指示が見えません。絶えず手を拡げて指示を出す必要はありませんが、少なくとも2秒くらい犬に指示が見えるようにします。小さい犬ではできるだけ犬の目線に近いところで、ハンドシグナルを出すようにします。
 私のクラブでは3から4のコースを作り、25個くらいの障害を置き、集中的に練習しています。たくさん障害をジャンプすることが、先々重要になってくるからです。フリースタイルではジャンピングコースを練習することで、犬のハンドリングとはどういうものかということが学べます。初心者クラスは5人を基本に組分けし、中級者のコースで練習しています。練習前にはハンドラーが犬なしでコースを下見し、実際の競技でも習慣となるようにしています。
 A図のようなコースレイアウトで、・のトンネル左側方を通過する練習をするとします。殆どのハンドラーは・と・の中間くらいまでしか行かないので、犬は急かされたような気分になってきます。ここで犬を急かさないで欲しいと思います。そうしないと・のバーを落とす確率が高くなります。ハンドラーが犬を待つことが非常に大切です。・が普通のジャンプなら問題ないんですが、タイヤを超えた犬は、左の耳でハンドラーの号令を聞き、・を通過します。ハンドラーは・と・の中間で確実に犬を待つようにします。実際の練習では、まず犬と一緒に走り左のハンドリングをやってみます。同じように右でも練習しますが、上級者の練習ではボディーランゲージに十分注意する必要があります。
 1980年初頭にはデンマークでも、オビディエンスが重要視されていました。犬が間違った障害を飛ぶと、きつい調子で「ノー」といっていました。まるで作業犬がオビディエンスをやっている状態になっていました。こうなると犬は指示がでるまで、次の行動を起こそうとしないのです。ハンドラーの顔色を窺いながら、競技をするので完走しても5、6秒は遅くなってしまいました。そのため、私のクラブでは「ノー」を禁止してみました。犬が間違えるのは99パーセントハンドラーのせいです。ハンドラーの立つ位置や指示の遅れから、犬がボディーランゲージを読み違えてしまうのです。1993年にボーダーコリーで優勝した「ノー」の使い方の上手いハンドラーがいました。それまでコースで犬を待たずにハンドリングしていました。方法の間違いに気づいたのです。犬に「ノー」のコマンドを使うのを止めると同時に、自分の立つ位置を熟知するようにもなった結果なのです。
 また、競技会ではウオームアップが十分でないために、犬よりもハンドラーにチョッとした怪我が多く、獣医師よりも医師が必要なこともあるくらいです。ウオームアップは体調確認のためにも大切ですから、犬・ハンドラーとも必ず励行するようにしてください。


■ジャッジ
 フリースタイル(シーケンスによる練習)を知ることはジャッジングでも、アジリティー指導するためにも大切なことです。アジリティーのコース設計は、その国のアジリティーにとって、非常に重要な要因で、(コースレイアウトの良し悪しは)ハンドラーと犬がレベルアップできるかどうかの鍵を握っています。アジリティー競技レベルアップの基本となります。ここで一つ頭に入れておいて欲しいのですが、練習用のコースは競技会用のコースより難しいものを取り入れてください。ですが競技会のコースは観衆や環境の違いなど様々なプレッシャーを考慮し、大きな大会でもコースを(極端に)難しくすべきではないと(私は)考えています。コース設計では左右のハンドリングを的確に取り入れてバランスのとれたコースにします。比率は35対65パーセントでも構わないと思いますが、コース設計は犬とハンドラーにとって良いだけでなく、ジャッジが走り回らなくて済むように配慮します。威厳を持ったポジションを維持できるようにし、障害の配置でも例えば、コンタクト障害を二つ並べないようにするなど考慮する必要があります。
 判定ではアシスタントがよく見えるような合図を2秒くらいあげます。連続的に失敗した時は、左・右・左と合図の手を変更します。犬とハンドラーの邪魔にならないよう考慮し、ロングジャンプやタイヤでは角度を持った位置で、スラロームでは必ず角度をつけて見るようにします。うっかりするミスにゴール手前のバーの落下を見落とすことがあります。日本ではまだ見かけませんでしたが、審査員の視野を故意に塞いだ場合殆どのジャッジは減点しています。(要旨)

■競技会の感想
 犬をハンドリングする時は、日本のハンドラーもヨーロッパのハンドラーも同レベルからスタートする分けですから、初心者であっても最初から犬の左右でのハンドリングを取り入れるべきでしょう。オビディエンスのハンドラーは犬の位置が左に決まっていますが、アジリティーのハンドラーは犬を左右につける必要があり、いつからそうするかというのは難しい問題でとなります。ずっと左にいる習慣を犬につけてしまうと、変更するのが段々難しくなってしまうので、最初の段階から左右サイドの練習を取り入れてベきでしょう。初歩の段階から左右につけて犬が動けるようにしないと、経験豊富なハンドラーでもこの癖を正することが大変難しくなってしまいます。アジリティーハンドラーはチェンジする習慣を身につけることが初心者ほど大切であり、ぜひそうすべきだと思います。
 私のオビディエンスチャンピオンになった犬がいましたが、このチェンジを教えるのが難しく大変でした。私の経験したような苦労を、これからアジリティーを始める人が繰り返して欲しくないと思うので、何度も話させてもらっています。
 前回の来日の時よりもハンドラーの技術、犬のスピードとも上がっていますから、これからも精進を続けて欲しいと思います。水準は高くなってきていますから、数年内に日本からチャンピオンが生まれることは十分考えられます。ただ、ハンドラーができるだけ多くの屋内・屋外様々な環境の競技会に参加する必要があります。特に屋内の競技に慣れることが世界大会では重要で、室内の緊張に早く慣れることが大切でしょう。


1997年にJKCがデンマークのエリック・ニールセン氏を講師に迎え開催したアジリティーセミナーから
(愛犬ジャーナルに掲載された記事から一部抜粋


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