アジリティー・ワンポイント 
(愛犬ジャーナル1999年3月号から一部抜粋)

             ディレクションコマンドとオブスクタルコマンド

 アジリティーが初めて日本に紹介された頃は、ハードルやトンネルなどの障害の名前を呼んで、一つひとつ障害を指示し、犬に進行方向を教えるハンドリング方法が取り入れられていました。一九九六年にイタリアからマルティーニ親子を講師にお迎えし、開催したアジリティーセミナーも犬の行動学に基づいた興味深い内容で、日本のアジリティーに一石を投じてくれたものと思っています。この時コマンドをもっと優しく話し掛けるように注意するとともに、(オブスクタルコマンドでは)コマンドの数が多くなり過ぎ、ハンドラーの声符間違いによる失敗があり得るので、ジャンプ/ホップやスルーなどコマンドを整理し、コースのハンドリングで用いるコマンドを五、六コにして、ハンドラーの呼び間違えなどによる失敗が出来るだけ起きないようにしているという事でした。
 そして、この秋スイスで開催されたFCIによる第一回アジリティー世界選手権に参加した折り、審査員長を努めたマルコ・モーエン氏に出会い、アジリティーセミナーのため来日出来ないか尋ねてみました。氏はアジリティー普及のためこの申し出を快く引受け、一九九七年四月に福岡にやって来てくれました。

 一日目はJKC福岡アペックスアジリティークラブの創立展のジャッジをお願いし、翌日に午前と午後の部に別けてセミナーを開催しました。結果として、この時のセミナーにより私を含めた日本のアジリティーハンドリングは大きな転機を迎えることに成ります。晴天に恵まれた佐谷のグラウンドに、十数名の犬同伴のハンドラーが参加しました。この日のセミナーでモーエン氏は、これまでの日本のアジリティーハンドリングとはかなり違う概念による『ディレクションコマンド』という「犬に進むべき方向を指示する」方法によるアジリティーのハンドリングを、日本に初めて紹介してくれたのでした。
 それは「ディスウェイ/犬はハンドラーの右脚側から左旋回」(発音しにくいので、競技では「ディス」と短く発声しています)、「ヒール/犬はハンドラーの左脚側から右旋回」(「ヒール」は少し長い発声となり、犬が「ディス」と混同しないようにしています)、「ゴー・オン/前へ進め、跳ぶのか潜るのか等は犬が判断する」、「バック/ハンドラーに近づいてくる犬に離れて進めの意で掛けるコマンド」の四つでコースを攻略していくという、これまでのアジリティー・ハンドリングに対する考え方を変えざるを得ないハンドリングテクニックでした。
 これまで私のパートナー/バービィ(ラブラドール)とは、『オブスクタルコマンド』でハンドリングをしていましたから、コマンドを変更するとなるとアジリティーの土台を作り直して行かなければならない事になります。が、先々の事も考え思い切って、この『ディレクションコマンド』によるハンドリングに全て変える事にしました。このセミナーから二カ月後の六月に、JKCの招聘によりアジリティー本部展のため、来日したデンマークのニック・ニールセン氏も、モーエン氏と親交が深くこの『ディレクションコマンド』によるハンドリングを推奨していた相乗効果もあり、翌年モーエン氏が来日しセミナーを開催した折りには、大多数のプレイヤーが『ディレクションコマンド』を取り入れて、ハンドリングしており、モーエン氏自身も日本人の吸収力の素早さに驚いていました。

 しかし、このところアジリティー競技会で少し気になる事があります。元々日本の大半のハンドラーの声符は、夢中になってしまうためか、犬を怒鳴りつけ押えつけるような調子の場合が今も多く、アジリティーのハンドリングとしては適切なものとは言えません。折角、『ディレクションコマンド』を使ってハンドリングしていても、「ディス、ヒール」のコマンドが犬からみれば、「待てー、違う」と叱られているような調子になっているのです。「自分のクラブではアジリティーの練習で、”ノー”を使うことを一切禁止した」と、来日した折りニールセン氏も言っていたように、犬を抑圧したり強制するようなコマンドの使い方を続けると、犬は障害を一つ通過する度にハンドラーの様子を伺うようになり、アジリティードッグらしい意欲が、知らず知らず殺されていきます。その結果、障害と障害が点で結ばれたようなギクシャクしたハンドリングとなってしましい兼ねません。線で繋がった流れるようなスムーズなハンドリングとはほど遠いコース攻略になってしまい、犬本来のスピードが活かせないハンドリングに陥っていきます。

 アジリティードッグを育てる上で最初の基礎の段階は競馬でいえば、調教に当たる部分でしょう。この時点では、プレーヤーも調教師としての役割を担うことになります。この時点では犬に跳ぶことや潜ることを教えて習熟させていきますが、コマンドも「ゴーオン」とハッキリ掛け、障害を通過すると楽しい事があると犬が思うように、ボールが好きならばボールを投げて報酬として活用します。次のステップは騎手の役割をプレーヤーが担う段階です。ハンドリングの取り組みでもボールを活用しますが、この段階ではボールは投げないで、犬をハンドラーに引きつけ、一緒にフィールドにいる事が楽しくなるように使います。現在『オブスクタルコマンド』を使っていて、『ディレクションコマンド』に切り換える場合には、「ゴーオン・ジャンプ」、「ゴーオン・タイヤ」などの声符の段階を経過して、徐々に切り換えていくと良いでしょう。

 アジリティーにおいては、プレーヤーが、競馬の調教師と騎手、厩務員の役割を一人で担う事になるのです。これがアジリティーの難しくも面白いところであり、各国の愛犬家を魅了してやまない奥の深さとなり、楽しいスポーツとして瞬く間に世界に広がった原因なのではないでしょうか。

                                              (APEX 大庭俊幸)


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